ニューヨークの摩天楼。その頂上で、11人の作業員が鉄骨に腰掛け、昼食をとっている(写真1)。1932年に撮影された「摩天楼の頂上でランチ」は、危険な高所の作業現場と、まるで公園のベンチに座るように昼休憩を楽しむ男たちのコントラストが象徴的な写真である。

そして、この写真のいちばん右に座っている男性。実はスロヴァキア人だった。
名前はグスターウ・ポポヴィチ。東スロヴァキアのヴィシュニー・スラウコウ村の出身で、仕事を求めて何度も北米へ渡った、いわゆる「出稼ぎ移民」だ。稼いだお金を故郷に持ち帰り、村には立派な家も建てた(写真2)。

ハリウッドとのつながり
19世紀末から20世紀初めにかけて、ポポヴィチのように仕事を求めて大西洋を渡るスロヴァキア人は珍しくなかったが、故郷へ戻ることなく、そのままアメリカに根を下ろした人も多い。
現在、アメリカにはスロヴァキアにルーツを持つ人が約75万人いると推定されている。スロヴァキアの人口が約545万人であることを考えると、なかなかの規模だ。
しかも、意外なところに「スロヴァキア」が出てくる。
例えば、ハリウッドを代表する女優アンジェリーナ・ジョリー(写真3)。父親は『真夜中のカーボーイ』などで知られる俳優ジョン・ヴォイトだが、その祖父はコシツェ(スロヴァキア第2の都市)出身だった。

ハリウッドのスターは、他にもいる。
『ハスラー』や『明日に向かって撃て!』で知られるポール・ニューマン(写真4)の母親もスロヴァキア系。そして『ローマの休日』『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーン(写真5)は、ベルギー生まれながら、父方の祖父がスロヴァキア出身だった。


こうして並べてみると、「スロヴァキアって、思ったよりハリウッドに近い?」という感覚が芽生えてくる。
ボン・ジョヴィの祖母も
音楽界にも、スロヴァキアの血筋を持つスターがいる。
「Livin' on a Prayer」や「It's My Life」で知られるロック界の大物、ジョン・ボン・ジョヴィ(写真6)だ。彼は、父方の祖母エリザベス・ベンコウスカーがスロヴァキア人だったことを公言している。

エリザベスは、スロヴァキアからアメリカへ渡った移民の両親のもと、ペンシルヴァニア州で生まれた。その後、シチリア島出身のルイス・ボンジョヴィと結婚。そこから生まれた孫が、世界的ロックスターのボン・ジョヴィというわけだ。
ポップアートの故郷
そして、スロヴァキアとのつながりがひときわ濃いのが、ポップアートの巨匠アンディ・ウォーホル(写真7)だ。スープ缶やマリリン・モンローの肖像画に代表される彼の作品群は、誰もが一度は見たことがあるだろう。

ウォーホルの両親は、スロヴァキア北東部のミコヴァー村出身である。1913年、ピッツバーグへ移住した両親のもとで、アンディは生まれた。
ウォーホル家は少数民族ルシーン人の出自を持ち、アメリカ移住後も家庭ではルシーン語が使われていたという。ルシーン人とは、スロヴァキア人やウクライナ人と文化的・言語的に近い民族である。
そんなウォーホルの「もう一つの故郷」といえる場所が、両親の出身地の近くにあるメジラボルツェだ(写真8)。この町には、アンディ・ウォーホル現代美術館があり、2026年9月4日、3年間にわたる改修を終えてリニューアルオープンした(写真9)。


ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館に次ぐ規模のコレクションを誇るというから、ウォーホル好きなら一度は訪れてみたい場所だ。
現代の「アメリカン・ドリーム」
そして最後は、現在進行形のスターを。
ブラチスラヴァ出身のシンガー・ソングライター、アデラ(Adéla)は、レディー・ガガを思わせる派手なルックスと、力強い音楽性で注目を集めている若手アーティストだ(写真10)。

もともとはバレエダンサーの道を歩んでいたが、10代後半で歌手になることを決意し、ロサンゼルスへ渡った。オーディション番組で早期脱落するも、そこからアメリカン・ドリームを求めて這い上がる。そして、今年リリースされた「Ain't In LA」が世界的に大ヒットし、スロヴァキア人の歌手として初めてBillboard Hot 100入りを果たした。
現在22歳。アメリカで活動を続けながら、ポップスターへの道を確立しつつあるが、祖国のことも忘れていない。「Ain't In LA」のミュージック・ビデオは、出身地ブラチスラヴァで撮影された。
摩天楼の鉄骨に座ってランチを食べたポポヴィチから、ウォーホル、ボン・ジョヴィ、そしてアデラまで。
仕事を求めて海を渡った人。芸術を生み出した人。世界的なスターになった人。そして、いま夢を実現させている若者。
スロヴァキアとアメリカをつなぐ物語は、100年近く経った今も続いている。
増根正悟(ましねしょうご)
1990年生まれ。スロヴァキアで計7年間生活し、これまでに在スロバキア日本国大使館や、駐日スロヴァキア大使館などで勤務。主な著書に『チェコじゃないスロバキア』(パブリブ、2024年)。
著書『チェコじゃないスロバキア』
本記事の執筆者・増根正悟さんの著書です。スロバキアの歴史や文化、暮らしをより深く知りたい方は、ぜひあわせてご覧ください。
