スロヴァキアのシンボルであるタトラ山脈を歩く人々

スロヴァキア人の余暇 ― 山とともに暮らす国 ―|増根正悟さんスロバキア連載 第2回

ヨーロッパで最も山好きの国

 スロヴァキアは、中央ヨーロッパのほぼ中央に位置する人口約550万人の小さな国だ。日本から遠く離れているものの、実際に訪問してみると、どこか親しみを感じる。国土の約4分の3を山地が占めるその風景は、日本にも少し似ているからだろう。

 そんな地形だから、スロヴァキア人はとにかく山が好きだ。休日になるとリュックサックを背負い、家族や友人と森へ出かける。欧州統計局(Eurostat)によれば、「旅行先に山を選ぶ人」の割合はスロヴァキアがEU諸国の中で最も高いという。山歩きは特別な趣味ではなく、暮らしの延長線上にある身近な楽しみなのだ。

スロヴァキアのシンボル、タトラ山脈

 その象徴ともいえるのが、ポーランドとの国境に広がるタトラ山脈(Vysoké Tatry)(写真1)。標高2500m級の峰々と氷河湖が織りなす景色は、スロヴァキアを代表する風景として親しまれている。国旗や国歌、さらにはユーロ硬貨にも描かれていることからも、その特別な存在感が伝わってくる(写真2)。首都ブラチスラヴァから列車で約4時間。登山鉄道やロープウェイが整備されているので、本格的な登山をしなくても十分に山の魅力を味わえる(写真3)。たとえばシュトルプスケー・プレソ(Štrbské pleso)からポプラツケー・プレソ(Popradské pleso)までは、湖畔や森を歩く約1時間の散策コース(写真4)。スニーカーでも歩ける気軽さだ。ちなみに「プレソ(pleso)」とはスロヴァキア語で氷河湖のこと。歩き疲れたら湖畔のカフェでひと休みするのも、この国らしい山の楽しみ方である。

スロヴァキアのシンボルであるタトラ山脈を歩く人々
写真①:スロヴァキアのシンボル、タトラ山脈。
タトラ・ファトラ・マトラの3つの山脈が描かれたスロヴァキア国旗
写真②:スロヴァキアの国旗。タトラ、ファトラ、マトラの3つの山脈が描かれている。
雪山を背景にタトラ山脈を走る登山鉄道
写真③:タトラ山脈を走る登山鉄道。
冬に全面凍結したシュトルプスケー・プレソ
写真④:シュトルプスケー・プレソ。冬は全面凍結する。

 山は、都市の暮らしにも寄り添っている。首都ブラチスラヴァの背後には小カルパチア山脈(Malé Karpaty)が連なり、市バスやチェアリフトで気軽にアクセスできる(写真5)。朝から軽くハイキングを楽しみ、そのままワイナリーへ立ち寄る——そんな休日も珍しくない。山の南麓には2000年以上の歴史を持つワイン産地が広がり、秋には各地でワイン祭りが開かれる(写真6)。

週末に人々が集うブラチスラヴァ近郊の小カルパチア山脈
写真⑤:ブラチスラヴァ近郊の山。週末は多くの人で賑わう。
秋の収穫期を迎えたブラチスラヴァ近郊のブドウ畑
写真⑥:秋の収穫シーズンを迎えたブラチスラヴァ近郊のブドウ畑。

スロヴァキア人の海、クロアチア

 では、山の国の人々は、海へ行きたくなったらどうするのだろう。その答えはクロアチア。夏になると、家族で車に乗り込み、オーストリアやハンガリー、スロヴェニアを抜けてアドリア海を目指す。8時間を超えるロングドライブも、夏休みの思い出の一部だ。この時期だけブラチスラヴァからスプリト(アドリア海沿岸に位置するクロアチアの古都)への夜行列車も運行され、さらに現地にはスロヴァキア警察官まで派遣される。クロアチアが、スロヴァキア人にとってどれほど身近な「海」なのかがよくわかる。

 もちろん、国内でも水辺は楽しめる。ただし、国立公園内の美しい氷河湖は、遊泳禁止で入ることはできない。その代わり、多くの人が訪れるのは人工の貯水湖だ(写真7)。なかでも、かつて銀の採掘で繁栄し、世界遺産に登録されているバンスカー・シュチアヴニツァ周辺には、採鉱の動力源である水を貯めていた池が点在し、いまでは湖水浴やボート遊びを楽しむ人々でにぎわっている(写真8)。

レクリエーションが盛んな東スロヴァキアのゼンプリーン湖
写真⑦:東スロヴァキアのゼンプリーン湖。レクリエーションが盛んな貯水湖。
銀採掘で繁栄したスロヴァキア中部の古都バンスカー・シュチアヴニツァ
写真⑧:銀の採掘で繁栄したスロヴァキア中部の古都バンスカー・シュチアヴニツァ。

何もしないという贅沢

 自然を愛するスロヴァキア人を語るうえで欠かせないのが、「ハタ(chata)」と呼ばれる別荘だ(写真9)。別荘といっても豪華なヴィラではなく、自然の中に建つ素朴な小屋だ。社会主義時代、国外旅行が容易ではなかった頃、こうした別荘を持つことが政府によって奨励され、その多くが家族代々受け継がれている。金曜日の午後になると、人々は仕事を終えてハタへ向かう。街で「華金」を楽しむよりも、自然の中で静かな時間を過ごす週末を選ぶ人が少なくない。スロヴァキアでは、「何もしない贅沢」が、自然のすぐそばにある。スロヴァキアを旅するときは、有名な街だけでなく、人々が週末を過ごす森や湖にもぜひ足を延ばしてみたい。そこには、この国らしい穏やかな時間が流れている。

スロヴァキア南西部シュトゥーロヴォの素朴な別荘ハタ
写真⑨:スロヴァキア南西部シュトゥーロヴォにあるハタ(別荘)

増根正悟(ましねしょうご)

1990年生まれ。スロヴァキアで計7年間生活し、これまでに在スロバキア日本国大使館や、駐日スロヴァキア大使館などで勤務。主な著書に『チェコじゃないスロバキア』(パブリブ、2024年)。

著書『チェコじゃないスロバキア』

本記事の執筆者・増根正悟さんの著書です。スロバキアの歴史や文化、暮らしをより深く知りたい方は、ぜひあわせてご覧ください。

増根正悟著『チェコじゃないスロバキア』表紙
増根正悟著『チェコじゃないスロバキア』(パブリブ、2024年)

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